思い出3

2006年6月30日コメント (2)
人口密度が多すぎて息苦しさを感じ、
外に脱出しておにぎりを食らう俺と友人H。
戻ってきた頃には丁度大会が始まるぐらいであり、
自然と気合も入ってくる。

残念な事に戦った相手のデッキの幾度は失念してしまったが、
華麗にエグゾディアを揃えまくった俺は順調に準決勝まで駒を進めた。
その課程で初めて《黒き森のウィッチ》や《クリッター》で持ってくるカードは
相手に公開する必要があるのだと知り、色々指摘されたのを覚えている。

お兄さん「見せなかったら《サンダーボルト》とかもってこれるよね?」
俺「いや、もってきませんよ」
お兄さん「いや、だかr」
俺「もってこないもん」
お兄さん「クソガキ(’A`)」
俺「(’A`)」
⇒ドローでエグゾツモ。

そして準決勝の事。
対戦内容はかろうじて覚えている。
相手が《クリッター》で《メタモルポット》を呼び出し、
エグゾディアを捨てられまくって1−2で敗退した。

この時優勝したのは同い年か、それより下にも見える子供で、
そのこのデッキは《デーモンの斧》だとか《岩石の巨兵》だとか、
理解に苦しむ物が大量に投入されていたが、
その奇抜が功を制したのか決勝では俺を倒したスタン使いの相手を
見たこともないようなカードを大量に繰り出して圧倒していた気がする。
印象深かったのは《人造人間サイコショッカー》を
《デーモンの斧》2枚を握った《岩石の巨兵》が殴り倒したシーン。

そんなこんなで大会は幕を閉じ、
ただあの場の空気に親しめなかった俺がそれ以降大会に出ることはなく、
それからは延々友達同士での対戦にふけていた。

当時俺は野球部に所属していたのだが、
冬季はサッカー部がグラウンドを占領してしまうため
活動らしい活動がなく究極に暇だったのだ。

ここで一つ言っておかなければならない点は、
俺は中1まで季節に関わらずTシャツ短パンの基地外小僧であり、
特に冬にはその寒さのため外で遊ぶ事は困難を極め、
走り回る遊び以外(バトミントン・野球など)は極寒の局地に立たされ、
凍死さえも予想された事から専ら室内に引き篭った。
そのためカードに触る頻度も増え友人間の中でも徐々にレベルアップしていった。
また、暖かい服装をすればいいと気付いたのは最近の話である。

そうしているうちに学年は小6となり、俺達はある課題に出くわす。
・・・・飽きたのだ。

元々俺らみたいな小学生なんていうのは飽きっぽいもので、
ゲームでもやけに熱心にやりこんでいるかと思えば次の日には放り出しているし、
学校での遊びもドッヂボール・サッカー・トランプ・鬼ごっこ
と全くまとまりがなく1放課の中で切り替わることも多々。
意気揚々と外に飛び出して野球していたかと思えば、
いつの間に自転車爆走レースに切り替わってしまう(?
ついでに言うと常時Tシャツ短パンだった俺は、
そのレースの中転ぶと大惨事を招き、全身血の色に染まる勢いであり、
多々のダメージを負って今もなおその傷は消えない。

そんな状態から考えれば1年以上も続いた遊びがあるというのは奇跡的な事態で、
別段特にこだわりはなかった。

それから卒業するまで全くカードに触れる機会はなく、中学に入学。
部活にも入りごくごく普通の学生生活を送り、
もうカードの類に触る事などないように思えた。

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